厄除け効果!厄払いに効く有名神社への参拝とパワーストーン 厄年でも幸せが…

今年の僕は本当に不幸だった。
不幸すぎて笑ってしまうぐらい不幸だった。

まだ厄年じゃないよな、と思ってうろ覚えの知識を確認したら、確かに厄年まであと2年あった。
それでも来年は前厄、そして厄年、後厄、と続くと思うと、今年これだけ不幸に見舞われた僕は一体どうなってしまうのだろう。

本当に何かに憑かれているのでは、というくらいの不幸ぶりだった。

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まず、年明け早々から、足を骨折した。
何も無いところで転んだのだ。

全治3ヶ月の重症で、足の骨折の他に腰も強打して腰痛にも悩まされた。

そして2月、忘れもしない尿管結石。
これは本当に辛かった。辛い、痛い、とは散々聞いていたが、これほどとは…という所感だった。

痛みで息が止まるとはまさにこの事だ。このまま自分は死ぬんじゃないかと思い、何度覚悟した事か。

骨折も直りきっていない中、入院生活を強いられ、個人的には生死を彷徨ったぐらいの気分でいた。

3月は、付き合っていた女性に振られ、ひどく落ち込み、4月にはそんな哀れな独り身の僕に言い寄ってきた年増の女性が実は既婚者で不倫願望が強烈だっただけだったと発覚して逃げた。

5月は比較的平和だったが、6月になると会社で希望しない部署に異動することが発覚し、退職するかどうするか散々悩んだ。結局、思いを正直に上司に伝えたところ、条件を良くしてくれて、提示された給料の額が上がったので、会社に留まる事にしたのだった。

7月、また健康面に暗雲が垂れ込んだ。
今度は原因不明の全身じんましんと、原因不明の激しい下痢に襲われたのだ。

じんましんなんて子どもの頃以来だったので恐ろしい事この上なかった。
そして同じ月に、母がガンで倒れ、祖母が亡くなった。

8月は謎の胸部圧迫感に襲われ、ひと足早く更年期障害にでもなったのではないかと自分を疑った。
そして9月、とどめの健康障害が出た。なんと頭に巨大なハゲをこしらえてしまったのだ。

これで分かった。
僕は、ものすごいストレスを抱え込んでいたのだ、という事に。

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健康面、女性関係、仕事、家族、全てにおいてストレスが満載だった僕は、ついにストレスに押しつぶされたのだ。思い返せば、謎のじんましんや下痢、胸部圧迫感などは、自律神経の乱れや免疫異常によるもので、円形脱毛症などはストレスが引き起こす身体の不調の最たるものだった。

ハゲを作ってようやく、ああ自分はとんでもないストレスを感じていたんだな、と自覚した。

それにしても、一気に色々な事が起こりすぎた。
これはもう何かに祟られたか呪われたか、良くないものが憑いているとしか思えなかった。

僕はこれから迫りくる厄年に備えるという意味もこめて、どこかで厄払いをしてもらいたいと考えた。
そしてこの話を知人にすると「一刻も早く厄除け神社に参拝して、厄を払ってもらってこい」と勧められた。

その知人が「ここの神社は厄除けがものすごく有名で、著名人もこぞって訪れてるし、効果も折り紙つき!」と言った神社は、僕の家からだと日帰りは難しいぐらいの遠方にあった。

「軽く小旅行だな、こりゃ」
そう苦笑する。

「これって1回だけ行けば良いもんなの?」
知人に聞いてみると「そりゃ何回だって行った方が良いさ。でも行かないよりは行った方が良いんだから、1回だけでも行くに越したことはないと思うけど」と返ってきた。

確かにそれは一理あった。

ゼロよりは1の方が良いに決まっている。
このまま何もしないで前厄に突っ込んでいく気にはとてもなれなかったし、近所の小さな神社では、やはり心もとなかった。

僕は、思い切って厄除け神社へ厄払いしてもらいに出かけることにした。
道中何も無いと良いが・・・と心配していたが、特に問題なく、参拝できた。

流石、効果絶大と言われるだけあって、多くの参拝客はお払いが目的のようで、神主さんに厄払いの儀式をしてもらっていた。

僕もその列に並ぶ。

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神主さんの気合の入った掛け声は、腹に響いて、僕はこの掛け声に圧倒されて悪いものが全部どこかへ行ってくれれば良いのに、と心から願った。

こんなに真剣に参拝した事はないというくらい、全身全霊を込めて参拝し、後ろ髪を引かれるように神社を後にしようとしたところで、お守り売り場が目に入った。

折角ここまで来たのだから、何か厄除けのお守りでも買っていくか、そう思って近づくと、様々なお守りがずらりと並んでいた。

その中で目を引くものがあった。
「魔除け・厄除け」と大きなポップが掲げてあったそれは、艶やかな水晶だった。
勾玉の形の水晶は、物々しい力を秘めているかのように静かに輝いていた。

「水晶はね、魔除けや厄除けの効力がすごいパワーストーンなんですよ」
店番をしていた巫女さんが親しげに話しかけてきた。

「うちの神社は、日本全国、けっこうな遠方からも、参拝にいらっしゃる方が多いのですが、皆さんここの力を信じていらっしゃって、でも遠くて何度も足を運べないからといって、お守りや、魔除けのパワーを秘めた天然石を買われるんです。水晶は魔除けの力があるとされるパワーストーンで、古くからこの地域の人々、特に旅人などに親しまれてきた天然石なんですよ。勾玉の形にも「魔除け」の意味合いが強く込められているので、お守りよりもこの水晶を持ち帰られる人の方が多いですね」

そう言われると、やたらと水晶の勾玉が効力を秘めているような気がしてきた。

「じゃあこれを持ち帰って、拝んでいれば、厄除けや厄払いの効果があるという事ですか?」

「そうですね。本当は年に一度くらいは、うちにお参りにいらっしゃっていただくのが一番なのですが、そういうわけにいかない方は、代わりにお持ち帰りいただいたお守りや天然石を大切に肌身離さず持っていていただくと、お守りくださると思います」

巫女さんはそう言った後、さらに「拝むというよりは、流れるお水で浄化してあげるのが良いですよ」と付け加えた。

なるほど、扱い方というものもちゃんとあるんだな、と思って、僕はひとまずその水晶を持ち帰る事にした。

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厄除け神社の効果がすぐに出たかどうかというのは、なかなか実感できないもので、僕はその後も、たびたび襲いくる胸部圧迫感と戦い、なかなか生えてこない毛を心待ちに待って過ごしていた。
それでも、新しい体調不良に見舞われる事はなくなったし、新しい仕事も思いの外順調にこなせていた。

僕は、前厄に備えて、持ち帰った水晶を大切に扱った。
流水で浄化させるのはもちろん、毎日必ず拝んだ。

その効果があったのか、神社参拝の効果か、はたまた神社参拝の効果を水晶が持続させてくれていたからか、その実は分からないが、僕を取り巻いていた数多くの不幸は徐々に解消されていった。

まず、11月末頃、ついに毛が生え始めた。
産毛のような柔らかい毛がハゲてしまった箇所にうっすらと生え始めて、僕はひとり静かにその喜びを噛み締め、安堵感に思わず膝をついた。

そして、母のガンだが、どうにか持ちこたえて、手術も成功し、今は闘病生活を強いられているが山は越えたという事で、一安心した。

これから長い戦いになりそうだが、何よりもガンが発覚した当時、すっかりふさぎ込み、笑顔が消えてしまった母に笑顔が戻ってきたのが嬉しかった。
父もがぜんヤル気を出して、母ができなくなってしまった家事に精を出している。

そして僕は、母が元気なうちに、いや、父も母も元気なうちに、早く結婚して安心させたいと思うようになり、婚活を始めてみた。するとどうだろう、こんな僕にも出会いがあったのだ。

何人かの女性とやりとりをして、相手から連絡が途切れるケースもあれば、僕からフェードアウトする事もあり、実際に数人と会ってみたりなどして、まだ付き合うまでには至らないが、可能性が見えてきただけで僕にとっては御の字だった。

知人には「また変な女に引っかかるなよ」と釘をさされていたが、信頼できる媒体だったので、そこは大丈夫と思いつつ、細心の注意を払って様子を伺った。

このように、ゆるやかではあったが、確実に僕は不幸の連鎖から開放されつつあった。
まだ、強いストレスを感じると胸がぐっと苦しくなる事はあったが。

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年が変わるタイミングで、僕は今一度水晶の勾玉と向き合って、感謝の気持ちを心の中で唱えた。

自分がいかに救われたことか。なんというか、人間というのは不思議なもので、不安定な状況下に置かれたり、理不尽な不幸が続いたりすると、とてつもなくネガティブになる。そうなってくると、負のスパイラルで、何事に対してもネガティブになるので、全てのものがストレスに感じられ、元気もヤル気もなくなり、ただただ運命を呪って人生を悲観する事しかできなくなる。

人付き合いも悪くなり、どんどん内向的になり、外に目が向かないがゆえに、不運続きの自分と向き合ってばかりで、また思考回路が悪い方へ、悪い方へと向いてしまう。

それが、ほんの少しでも救われて、悩みなどが一部だけでも解消されると、ガチガチに固まった負の鎧の隙間から光が差し込むらしい。その光はやがて温かな熱をもって、凝り固まった負の鎧を溶かしていく。

すると、自然と視界が開ける。そして息をするのが楽になる。
深呼吸できるようになるのだ。

深呼吸は人間にとってとても大事な行為で、これによって自律神経が整うと言われているらしい。
僕は、思い切り深呼吸をすると、胸が圧迫感で苦しい時も少し楽になるのだという事を覚えた。

気の持ちようが変わり、自らを取り巻く数多くの不幸が少しずつ解消されていき、今、こうして前向きに生きていられるという事、そのことに感謝した。あの絶大な効果があると評判の神社、そしてその神社の不思議なパワーを秘めて、僕に常に寄り添って、僕の心の支えになってくれたあの神社の水晶に。

強力な神社に厄除け参りに行ったという事、そしてそこで買って持ち帰ってきた魔除けのパワーストーンである水晶が自分のそばにあるという事、この2つがあったから、僕の心はおだやかさを取り戻したように思う。

これから前厄だけれど、きっと僕は大丈夫だよね、そう水晶に話しかけると、水晶は何も言わずに静かに、艶やかに光をたたえて輝いた。

そして、前厄に突入した。
しかし僕の身にこれ以上の大きな不幸が降りかかってくることはなかった。

母の闘病は無事ひと段落し、術後の後遺症などもほとんどなく、抗がん剤治療で抜け落ちた髪もやがて生えてきて、すっかり元気な姿になった。母が元気になると父も元気になるようで、我が家は明るくなった。

そして、そんな明るさを取り戻した我が家が更に明るくなるニュースを、僕はついに手に入れた。

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それは僕の円形脱毛症が完治してふさふさな髪の毛を取り戻した事・・・ではなく、僕が結婚する事になったというニュースだった。

もちろん髪も生え戻り、胸部圧迫症も大分軽くなって、それはそれで嬉しい事ではあったが、それ以上に、いや、もしかしたらそのストレス軽減の大役を担ってくれたのかもしれない出来事だった。

結局年をまたいで、長いことやりとりをさせてもらっていた女性と縁があり、お付き合いをさせてもらう事となり、そのままトントン拍子で結婚にいたった。

厄年の関係で僕に襲い掛かる予定だった不幸、不運は全て、その前の、あの最悪だった1年、神社に厄除け参りに行き水晶を手にするまでの時間に凝縮されているかのようだった。

僕の前厄は、このように、良い事ばかり、前向きになれる事ばかりで幕を閉じた。

そして本厄でも、特に大きな問題には見舞われず、家族皆健やかに幸せに暮らせた。仕事も順調で、異動先の部署で昇進し、その仕事内容もおもしろく感じ始めて、毎日が充実していた。

僕は、しかし用心して、決して驕ることなく、信心深く水晶を大切にした。

勾玉形の水晶はストラップのように小物につけて持ち歩けるようになっていたので、僕は常に持ち歩いている印鑑ケースにつけていた。
携帯電話だと何かの拍子に無くしそうで、常に鞄の中にある印鑑ケースを選んだ。

その水晶に、本厄の年が終わろうとした12月のある日、突然ヒビが入った。
水晶は持ち主の身に災厄が降りかかろうとした時に、身を呈して守ると言われているらしい。

妻が隣で「やっぱり本厄は本厄だったんじゃないの?きっとずっとこの水晶が守ってくれていたのよ」とつぶやいた。

パワーストーンが割れる時、その時は大きな災厄から守った時でもあり、同時に、もう持ち主を守る必要が無くなった時でもあるという。
本厄を終え、後厄にさしかかり、いよいよ僕の身を狙っていた様々な厄は、薄れ、散っていくという事だったのだろう。

僕は、僕のそばに寄り添って、ずっと僕を守り続けてくれた小さな石に、再び心から感謝した。

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