未来TV~おすすめ短編小説

机の上に、仏花がある。俺のクラスに亡くなった者は居ない。しかし、俺の席に置かれている花は確かに供える為のものだ。つまり、登校していた俺に対する、菊と百合。

わざわざ小遣いを使って購入したのかと呆れもするが、それよりも先に、矢張り目線はヤマガミ達を捉えてしまう。

彼等は俺の方をわざとらしく見ながら、にやにやしていた。

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「あれー、フジイ。どうしたんだ」

まどろっこしいのは無しだ。俺は、コイツ等……ヤマガミを筆頭にしたグループ、否、クラスメイトに虐められている。俺という人間は大して仲の良いやつもいない、勉強も運動も出来ない駄目な男だった。鈍臭い俺に目をつけて日々いたぶっているのだから、ヤマガミというのは性格が悪い。だが、人気はあった。

それというのも、まず顔が良い。第一印象というものが大分有利に働く。そして、外面も良い為、教師や先輩、親御さんにも信頼されている。頭は中々のものらしく、運動神経は抜群。何しろ、バスケットボールの推薦で入学した男だ。これで、弱い者いじめをしなければ、完璧なのに。

そんな心配にも似た気持ちをヤマガミ相手に抱く必要もない。俺は、花瓶を持ち水を捨てに廊下へ出た。

花は、校舎裏へ適当に捨てる。担任は面倒事を無視する延長線で、俺の扱いも遮断していた。退屈な授業を聞き流していれば、放課後を迎える。投げ付けられる消しゴムの欠片や丸めた紙屑とも、おさらばだ。ただし、一時的にだけれども。

照り返しのきついアスファルトを下っていくと、俺は無意識の内に知らぬ場へ佇んでいることに気付く。

どこだよ、ここ。住宅地とは違う、商店街の入り口。しかし、活気は全く無く、と言うか人影の一つも見当たらない。夕方までまだ時間はあるというのに薄暗い空気感。重苦しい。俺は何処となく気味悪さを感じ、退くことを選んだ。元より、こんなところに用はないのだから。

「うわっ」

振り向いた途端、何かにぶつかりかけた。見れば、小さな……老婆だろうか。もしかすると、男性かもしれない。しかし、皺だらけの顔面にジェンダーは見出せなかった。

「なんだい、いきなり大きな声を出して」

「す、すみません」

あんたがいきなり背後に立ってるからだ、と文句を言いたかった。けれど、年長者は敬うものだ。決して、老婆が不気味だから、気弱になっているわけではない。

「それじゃ、失礼します」

早々に立ち去ろうとしたところで、老婆が俺に向かい手を突き出す。

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「なんですか」

「これを、持っていきな」

老婆の細い手の上には、古い携帯電話を分厚くしたような、モニターつきトランシーバーのような機械がある。ぐいぐいと押しつけてくるそれを両手で思わず受け留めて、しかし困惑しつつ老婆へ顔を向けようとした。が、しかし。

「あれ……?」

目の前には、誰も居なかった。それどころか、商店街も存在していない。あるのは、俺の家。当然、あの機械も手にしてはいない。どういうことだ。ぐるぐると思考した末、答えは見つかる。そうか、白昼夢だ。今日は暑いから、ぼんやりとしてしまったに違いない。俺はそう片付けて、玄関を潜った。

夢を見ていた。薄い布団の上で、寝苦しい息を吐きながら。俺は真っ白な空間に一人立ち、片手には昼間老婆に渡された、あの機械を持っているではないか。どうせ夢の中だからと、俺は数少ないボタンを、適当に弄ってみる。すると。

「……アヤコ?」

小さな画面に映ったのは、妹の姿。見事に肥えた身体を、鏡に映している。どうやら、母の部屋にある姿見らしい。俺は丸々した体形でポージングする妹を、茫然と眺めるしかなかった。その時である。アヤコの着ているブラウスから、釦がひとつ弾け飛んだ。

「ぶっ!」

漫画のような光景に、俺は思わず吹き出してしまう。そして、夢は徐々に消えていった。

現実に連れ戻された先には、早朝が訪れていた。俺は水でも飲もうと、静かに階下へ降りた。

台所へ向かう途中、ふと思い立ち、母が昼間利用する部屋へと足を向ける。少しだけ、扉を開いてみる。その中には、なんとアヤコが佇んでいるではないか。

夢で見た光景と何も変わらない衣服を身に着け、モデルのように恰好付ける。すると、どういうことだろうか。夢と同じように、釦が勢いよく取れた。

俺は、音を立てないように、自室へ戻った。水も飲まず。これは、なんだ。まさか、正夢だろうか。貴重な体験であるのに、損した気がしたのは、アヤコの秘密を知ったからだろう。

今度は、生卵だった。俺の席に、べっとりと付着している。とてもじゃないが、そのまま座る気にはなれない。無駄に消費されてしまった卵に対しては、勿体無いとすら、思う。だけど、誰に対して憤ればいいのか判らない。無論、虐めを行っているヤマガミ達にだろう。だけれども、そんな勇気、欠片も持ち合わせていない。だから俺は、トイレットペーパーを持ち出して、椅子を黙って拭いた。その間も、嘲笑が降り掛かる。

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老婆に再び会ったのは、放課後の帰り道だった。気がつくとまた、見知らぬ商店街に居たのだ。俺は、少しの不気味さを老婆に感じつつも、声を掛ける。

「あの機械は何なんですか」

老婆は、皺枯れた声で答えた。

「未来TVだよ。周波数を合わせることで、身近な将来を観ることが出来るんだ」

そんな馬鹿な、と思ったけれど、実際に俺は正夢を体験した。そして、この夜も同じことを経験することとなる。

真っ白な空間の中、俺は黒い機械を握りしめていた。ただ、何もせず立っているだけだったけれど、唐突に意識を持つかの如く、ボタンを触る。画面が短い砂嵐を映した後、ひとりの人影を表示した。

モニターの中に、ヤマガミが居た。

やつは、校舎の二階から黒板消しを落とす。にやにやと、楽し気に。その下は校舎裏となっている。そして、誰かが立っている。俺は、目を凝らして見つめた。そこに居たのは……俺だ。

ごみ袋を両手に抱え、佇んでいたのだ。その頭上へ落ちて来る、黒板消しには気付かない様子だ。

見事に命中した黒板消し。降下速度により、通常からある体積以上の力が加わったらしい。

俺は、蹲り後頭部を力無く抑えている。アップになったことで確認出来たのだが、米神に血が伝っていた。怪我をしたのだ。上から落ちて来る、ヤマガミの笑い声。

冗談じゃない。どうして、ここまでされなくてはいけないんだ。俺は、夢の中の俺を憐れみながら、目を覚ました。

いつもと変わらず虐めを受けつつの、清掃時間。ごみ捨て当番として、校舎裏へ行った俺は、立ち止まってしまう。この景色、覚えがある。勿論、何度も利用している場所だからというわけではない。今朝見た夢と、重なっているのだ。

俺は、納得した。そして、考えるよりも先に走る。ごみ袋も放り出して、逃げた。その後ろで物のぶつかる音がした。振り向くと、プラスチックと柔らかな布部分が壊れて割れた、黒板消しが落ちているではないか。

慌てて見上げると、ヤマガミが俺を見下ろしていた。俺と目があったかは、光の加減で判断出来ない。だけど、きっと憎らしく思っていることだろう。俺は、この日初めて、ヤマガミに勝った気がした。

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寝るのが楽しくなってきた。見る夢は様々だが、五回に一回はヤマガミについてだ。そのお陰で、虐めに対する対処が可能になっていたからだ。そして更に回数を重ねるごとに、ボタンの調節も理解してくる。

今夜見たのは、ヤマガミが俺の靴に画鋲を入れるところだった。起きてからも夢の意識ははっきりと認識出来ている。だから、学校に登校してまず、下駄箱に置かれた自分の上履きを逆さまにした。

ぽろぽろと、沢山の画鋲が出てくる。ふと、視線を感じて振り向いた。すると、そこにはヤマガミと取り巻きが居るではないか。

いくら虐めに対する反応が得意になったからといって、直接対決は願い下げだ。俺はやつのように、腕力に自信はない。オロオロと視線を彷徨わせていると、ヤマガミが近寄ってきた。

「あんまり調子に乗るんじゃねぇぞ」

怒りのこもった声で、ヤマガミは吐き捨てて行った。俺は、教室へ向かうのも怖かったが、重い足取りで少しずつ進んだ。

授業中も学校が終わっても、ヤマガミの声が残る。俺は間違っていないはずなのに、なんでこんな目に遭わないといけないんだ。俺が何をしたというんだ、と叫びたい。

そんな中、また俺はあの商店街に居た。そして、振り向くと老婆が立っていた。いつもと変わらない様子で。

「えっと」

正直、訊きたいことは沢山ある。ここはどこか、あなたは誰か、あの機械は結局どういう仕組みなんだ。だけど、睨むような目線に、黙ってしまう。

「あまり、干渉してはいけないよ」

「へ?」

「夢は人を快楽へ導く。時として、それは狂気へと変貌させることすらある」

どういうことだ。俺が瞬くと、そこには商店街も老婆もなかった。これもまた、白昼夢なのか。

俺は老婆の言葉について、考えてみた。けれど、何をどうすればいいのか判らない。第一、あの機械を渡したのは、老婆だ。それなのに、あまりに身勝手な発言ではなかろうか。

俺は、悩んだ末に眠ることを選んだ。心の中に居着いた小さな蟠りは無視して。

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またあの空間。俺の手には、機械。慣れた手付きで、ボタンを押す。程無くして、ヤマガミの姿が映し出された。

横断歩道の前で、立っている。様子を見る限り、どうやら朝練にでも行くところらしい。本当にこいつは、才能があるくせに陰湿だ。その時、自転車が減速せずに通過していく。そして、青信号に変わったのを確認してから、ヤマガミは悠々と歩いて渡り切る。

俺は、がばっと飛び起きた。

これだ。

俺は、目立たない服装に身を包んで朝早くから家を出た。そして、記憶に新しい景色の元へ急ぐ。そこには、予想通り、ヤマガミの姿があった。

俺の計画は、単純なものでしかない。

自転車とヤマガミを衝突させる。

ちゃんと顔をマスクとサングラスで隠しているのだから、身元がばれる心配はない。きっと、大丈夫。自転車の走行者には申し訳ないけれど、これも人助けの一種だ。

俺は、自転車が近付いて来たのを見計らって、ヤマガミに駆け寄った。そして、力の限りその背を押す。

「うわ……ッ」

ヤマガミは慌てた様子で、声を上げた。しかしぐらついた身体を支えられるものは、何一つない。俺は笑いが込み上がるのを感じつつ、道に放り出されるヤマガミの身体を見ていた。

「はは……え?」

俺の笑いは、長く続かなかった。

トラックだ。

自転車のすぐ横を、大型のトラックが通過して行ったのだ。それは、当然のようにヤマガミの身体を跳ね上げる。高く高く、舞った。そして、落ちた。あの日の、黒板消しのように。

自転車の乗り手が、慌ててブレーキを掛ける。トラックも、大きな衝撃を受けて反対車線に突っ込みながらも、止まる。

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その騒動に、俺は震える両足を叱責した。逃げなきゃ。

しかしそれよりも先に、トラックの運転手がスマートフォンを操作しているのが視界に入る。焦れば焦る程、身体は言うことを聞かない。漸く動けるようになったのは、サイレンの音が近付いてからだった。

俺は、夢を見ているのだろうか。警察官が、距離を保って抑圧してくる。こっちへ来いと、言っているが、どうも靄が掛かっている。

未来TV、教えてくれ。俺の行く末はどうなっている。答えは与えられない。当然だ。あれは、眠らないと作動しない。

それなら。

フェンスも無い商業ビルの屋上、囲んで制する大人達を後目に、駆け出した。今まで助けてくれなかったくせに。そんな腐った奴等の説得に応じるわけがないだろう。俺は、これから救われるんだ。

「止まりなさい、早まるなッ!」

一番年を重ねている刑事らしき人の声を聞きながら、俺は思い切り、地面を蹴った。

ふわりと、浮遊感が身を包む。それはまるで、夢現の最中のようだ。

これから、俺は永い眠りにつく。その中で、毎日を送る為のヒントを沢山、得るんだ。そうすれば、もう虐められなくて済む。俺は今、どんな表情をしているのだろうか。

鼻の奥が、つんと痛い。だけど、涙は流れない。もしかしたら、もう既に現実を突破したのかもしれない。不確かな感覚だけが、頼りだ。

ふと、手にしている機械に気付く。落下していく中ででも容易に弄れる。ボタンを合わせて、画面を覗き込んだ。太陽の光が充満する、暖かな香り。俺の姿は、映っていない。

空はもう、大分明るくなっている。よかった、今日もいい夢が、見られそうだ。

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